2011年05月08日

外国からみた日本の震災報道

震災は直後から世界各国に報道されました。当初は日本人の忍耐強さとこんな状況でもルールを守って行動するチームワークに賞賛を送る声が多かったですね。

店の前の道路に商品が散乱しているのに誰も盗らないと驚きの目で報道されていましたが,銃を持って市民が強奪にくる外国の方が日本人にとっては驚きです。

報道に関しては,日本の英語による発信力の弱さと諸外国報道機関の裏付けのない報道によって日本国内より深刻に伝わりました。韓国では放射能を避けるため小学校が休みになったり,香港では寿司屋にガイガーカウンターを置いて客の目の前で常に寿司ネタの放射線濃度をチェックしたり。

首相は 「大丈夫なので落ち着いて行動して下さい」 とよく言っていましたが,危機時には曖昧な感情論ではなく定量データをもって説得させないと人は落ち着いて行動できません。

それは外国メディアに対する情報公開も同様で,機関とタイミングによって言う事が異なり,しかも英語での発信が少ないとあっては歪曲されて報道されてしまうのもある意味当然かもしれません。

原発での作業に当たっている現場の方達は本当に凄いと思います。誰かがやらなきゃ問題は解決しないから自分がやる。それを実践できる人はなかなかいません。ですが東京電力の (および政府の) 外部への 「コミュニケーション」 は充分だったとはとても言えないですよね。

地震と津波が想定を超え今までの災害マニュアルでは対応できない状況下,主導権がどこにあって外部とのコミュニケーション窓口が東京電力なのか保安院なのか政府なのか曖昧なまま,曖昧な情報発信だけが分散して行われミスコミュニケーションにつながっています。

今後の日本の信頼を取り戻すためにも,過去・現在・未来を正確に伝えるコミュニケーションが重要な要素になるのは間違いないでしょう。

なおピッツバーグでは,河童が通っていたビジネススクールの日本人在校生有志が義援金プロジェクトを立ち上げ,その活動の一環として震災の概要説明,日本からのレポート,当時 Japan Trek (河童が去年行った日本研修旅行の2011年版) でちょうど日本に来ていた在校生によるパネルディスカッションから成るセッションを行いました。

卒業生による日本からのレポートということで河童が (スカイプで) 30分ほど話す機会をもらいました。アメリカでも震災のことはもちろん報道されていますが,震災後にもまだこんなに苦しんでいる人がいるという情報はあまり知らないようで,温度差は少し感じましたね。災害の規模,現状,社会やビジネスへの影響などについて話しましたが,あまりにも悲惨な現状を喋っているうち我ながら悲しくなってきたのを覚えています。

そんな彼らの取り組みはピッツバーグの新聞や学校のニュースレターでも取り上げられ,計1万ドル以上の募金を集めて下さいました。本当に素晴らしいです!



posted by 河童 at 21:27| Comment(6) | TrackBack(0) | 日本生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
英語圏に行けば、片言の英語でも通じる。暮らしてゆける。
完全な英語でなくても、英語環境がととのっているから通用するのである。
英語環境がととのっている環境で生活していれば、そのうちに、英語も上達する。

我が国においては、どんなに英語が堪能であっても就職先に困る。
それは、人々が英語を使わないからである。これでは、暮らしそのものが成り立たない。

日本の学校で6年間英語の授業を受けてもまず話せるようにならないのは、英語環境が整わないからである。
一歩学校の外に出ると英語を使わないのでは、せっかく習った英語も錆ついてしまう。
日々の学習努力も賽の河原の石積みとなっている。

日本の学生のために英語環境を整えることが、語学力を増すことにつながると考えられる。
それには、英語を我が国の第二公用語にするのがよい。
国民も政治指導者も、英語の使用を日本人のあるべき姿と考えることが大切である。

国際社会において、我が国を代表する政治家にも英語の堪能さが見られない。
日本語のみを使用する社会において、実用にならない言語の学習は空しいばかりである。それにもかかわらず、我が国においては英語教育に名を借りた序列争いばかりが激しく行われている。
英語の学習を民間に奨励するだけでは充分ではなく、英語を習得したことに対する国家の強力な報奨(incentive)が必要であります。
英語を実用の言語とする政治指導者のさきを見据えた努力が大切です。
たとえば、公務員採用試験に英語の能力にすぐれた人物に優遇処置を施すなどの法的裏づけなどが効果的でありましょう。

英米人には、手先・目先の事柄に神経を集中する特技は得られないようである。かれ等は、生涯、歌詠みにはなれないでしょう。
日本人には、英語を使って考えることはきわめて難しい。しかし、これは不可能ではない。全員ではないが、知識人には為せばなる学習であると私は考えています。
わが国民の作る細工物は出来栄えが良い。なおその上、英米流の哲学にも良き理解を示す民族となれば、未来の日本人は鬼に金棒ということになるでしょう。
だから、英語を我が国の第二の公用語とすることには大きな意義があります。実現の暁には、我が国民のみならず、世界の人々に対しても大きな未来が開けることと考えられます。

一見我が国は教育大国を目指しているようであるが、大人の教育はない。つまり、子供が大人になるための教育はない。
我が国においては、教育といえば子供の教育のことを指している。目先・手先のことのみを述べる人は、子供のようである。
大人には考える教育が必要です。一人一人に哲学が必要です。
現実と非現実の間に区別を置くことなく語る人の内容には意味がない。だから、日本の知識人には価値がない。

「感情的にならず、理性的になれ」と国民に訴える指導者がいない。
「国民の感情に反する、、、、、」と言うのでは、主張の論拠にならないが、それのみを言う。
感性 (現実) あって理性 (非現実) なし。我が国は、一億総歌詠みの国にとどまっている。

大学生は入学しても、キャンパスで4年間遊んで過ごすことになる。
無哲学・能天気の大学生は、平和ボケ・太平の眠りの中にいる。
「入学を易しく、卒業を難しく」というような教育方針は現状を観察すれば空しい限りである。

日本人は、国連中心主義が好きなようだ。
国連の議場で世界の人々を説得するためには、自己の言葉が冴えわたる必要がある。
議論のできない人があえて国連中心主義を唱えるのは、自己の他力本願を表明するための手段ということになるのであろうか。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

Posted by noga at 2011年05月09日 14:30
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Posted by longchamp sale at 2013年08月08日 05:07
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