2011年08月17日
一生勉強?
もちろん仕事で新しい事は沢山覚えてきた (せざるをえない) けどいわゆる勉強とは異なります。
中学受験の勉強から始まり中高での普通の勉強や大学受験の勉強,大学でも理系である程度の勉強はしてました。入社して最初は (仕事とは全く関係ない) 資格を2つ取りたかったのでその勉強。
MBA受験が始まったらそのテスト勉強,ビジネススクールに入ればもちろんその勉強。べつに勉強が好きというわけではないですが,(どんな観点でも) 人間は一生勉強すべきだとは思っています。
ただMBAをとって帰国し就職してからは,新しい仕事で手一杯で時間がないのを理由にここ1年全く勉強していませんでした。勉強したいものがないってのもありますが。
中国語でも勉強しようかなーと思ってDVD本を買いましたがまだ2ページしかやっていない。まあ,これはこれでやるとして,久々に英語でもやろっかな。仕事とプライベートで使っているとはいえアメリカにいた頃に比べれば英語力が激減しています。
ということで,昔使ってた単語本でもやろうかと思っています。久々にその本開けたら結構面白そうですし。本当に久々に
・ 英単語見て意味を思い出す
・ 思い出せなかったら例文を読んで思い出す
・ それでもダメなら日本語を確認して英単語をノートに書いて覚える
・ 類語や派生語も覚える
というプロセスをやってみようかと。
ちょっと自分を戒めるためにここに書いてみました。
- がんばれ自分 -
2011年08月01日
帰国1年
非日常なMBA2年間が終わって卒業の嬉しさと悲しさ・帰国の嬉しさと悲しさを胸に1年前帰ってきました。
帰国してからは仕事という現実な世界で新しいロールに四苦八苦し,気付いたら1年が経っていました。あっという間でしたね。でも 「濃さ」 という意味ではMBAの2年はこの1年より比べものにならないほど濃かったです。
留学中に一時帰国した際は色々な物に違和感を感じていましたが,さすがに帰国して1年経つとこれがスタンダードになっています (そもそも純粋な日本人だし)。
先日 Tepper (河童が通ってたビジネススクール) の卒業生事務局にあるお願いをしたのですが,物事の進め方のクォリティがあまりにも低くて,久々に 「ああ,アメリカってこうだったなあ」 と思わされました。
さて,超高い費用を払って行くMBA留学ですが,大事なのはその経験を活かして高い ROI を出す事です。もちろんその Return の定義は人によって異なるのでその人次第ですが,留学後のキャリア形成に役立てるのが多くの留学生が考える事です。
河童はどうか?
この1年でしてきた仕事は,MBAで学んだ知識がなくてもできていたと思います。ただMBAでの経験で培った考え方やコミュニケーション (英語含む) は今の仕事のあり方に影響しているんだろうなあとも思います。
知識自体は本でも全然 (というか授業以上の量を) 独学で身につけられるので,実際に現地で暮らして現地の学校に行く事でしかできない体験をする事がMBA留学の財産だと思っています。
こないだ,これからMBAを目指す受験生とビジネススクールの卒業生・在校生が一同に集まり各スクールの特色や経験を話すイベントが行われました。去年も卒業生として参加しましたが,受験生の参加人数は去年より増えて過去最高となったそうです。日本人留学生自体は減っていますが今年は希望者数増えてるのかな?
これからの受験と留学に不安と希望を抱えてる受験生の人達と喋って久々に刺激を受けました。自分も (たぶん) これくらいの情熱をもって臨んでたんだよなあ,と。
ちなみに,次は仕事で海外に行きたいという気持ちが少し芽生えてきています。もちろんキャリア形成や家族の事情など色々な事が絡むので容易ではありませんが,チャンスをつかめるようそれを軸に準備をしておくのも悪くないかな。
2011年05月29日
久々のゴルフ
ピッツバーグででゴルフデビューして以来,ゴルフが楽しいんですが帰国してからは全くやってませんでした。
そもそも中古クラブのドライバーとアイアン1本とアプローチを買っただけで,転職先の仕事始める前に打ちっ放し1回行ったっきりです。
ですが会社でゴルフコンペが行われる事になり,これを機にちゃんとやろうかと。クラブセットを買い,ゴルフを真面目に (?) やってる友人と何回か打ちっ放しで練習。あいかわらず見事にボールが右にまがります。
で,こないだコンペに行って参りました。カートでコース上を走れない日本のコースも初めてだし,よく考えたら18ホール回るのも初めてです。相当疲れてスコアもぼろぼろになるだろーなーと思ってましたが,目標のスコアは大幅に上回り (それでも超大したことない) 翌日・翌翌日も筋肉痛ほとんどなかったです。相当歩いたんだけど。
にしてもやっぱ高い! 結構いいコースだったらしいんですが,ピッツバーグの10倍! しかも遠くて朝の6時前出発とかありえん,それが常識らしいですが。ピッツバーグでやったように Tシャツ1枚とかも許されないとのことなので,それらしい服にしました。それでもぎりぎりアウトって言われましたが。
にしてもお風呂があるのは驚きました。どのコースにも普通はあるらしいですね。午前運動してお昼食べて午後運動して風呂でさっぱり。コースもクラブも高いし,金のかかるスポーツですわ。
2011年05月08日
外国からみた日本の震災報道
店の前の道路に商品が散乱しているのに誰も盗らないと驚きの目で報道されていましたが,銃を持って市民が強奪にくる外国の方が日本人にとっては驚きです。
報道に関しては,日本の英語による発信力の弱さと諸外国報道機関の裏付けのない報道によって日本国内より深刻に伝わりました。韓国では放射能を避けるため小学校が休みになったり,香港では寿司屋にガイガーカウンターを置いて客の目の前で常に寿司ネタの放射線濃度をチェックしたり。
首相は 「大丈夫なので落ち着いて行動して下さい」 とよく言っていましたが,危機時には曖昧な感情論ではなく定量データをもって説得させないと人は落ち着いて行動できません。
それは外国メディアに対する情報公開も同様で,機関とタイミングによって言う事が異なり,しかも英語での発信が少ないとあっては歪曲されて報道されてしまうのもある意味当然かもしれません。
原発での作業に当たっている現場の方達は本当に凄いと思います。誰かがやらなきゃ問題は解決しないから自分がやる。それを実践できる人はなかなかいません。ですが東京電力の (および政府の) 外部への 「コミュニケーション」 は充分だったとはとても言えないですよね。
地震と津波が想定を超え今までの災害マニュアルでは対応できない状況下,主導権がどこにあって外部とのコミュニケーション窓口が東京電力なのか保安院なのか政府なのか曖昧なまま,曖昧な情報発信だけが分散して行われミスコミュニケーションにつながっています。
今後の日本の信頼を取り戻すためにも,過去・現在・未来を正確に伝えるコミュニケーションが重要な要素になるのは間違いないでしょう。
なおピッツバーグでは,河童が通っていたビジネススクールの日本人在校生有志が義援金プロジェクトを立ち上げ,その活動の一環として震災の概要説明,日本からのレポート,当時 Japan Trek (河童が去年行った日本研修旅行の2011年版) でちょうど日本に来ていた在校生によるパネルディスカッションから成るセッションを行いました。
卒業生による日本からのレポートということで河童が (スカイプで) 30分ほど話す機会をもらいました。アメリカでも震災のことはもちろん報道されていますが,震災後にもまだこんなに苦しんでいる人がいるという情報はあまり知らないようで,温度差は少し感じましたね。災害の規模,現状,社会やビジネスへの影響などについて話しましたが,あまりにも悲惨な現状を喋っているうち我ながら悲しくなってきたのを覚えています。
そんな彼らの取り組みはピッツバーグの新聞や学校のニュースレターでも取り上げられ,計1万ドル以上の募金を集めて下さいました。本当に素晴らしいです!
非日常な日常
地震が起きた時,河童はオフィスの22階で働いていました。高層ビルのため当然かなり揺れます。最初は,数日前に起こった揺れ位かなーと思ってましたが段々揺れが強くなり,やばいこれはリアルにやばい,と気づくともう立っていられない状態でした。
窓側は危険なので壁際でコピー機にしがみついていましたが,床の色んな物が転がりコートやカタログが入った大きなロッカーが倒れ天井も少し落ちています。揺れがおさまってからビル内の全員が外に避難。階段を下りている最中もまた大きな揺れに襲われ生きた心地がしませんでした。
JRも私鉄も今日は復旧不能宣言が出たので歩いて帰りました。幸い近くに住んでるので早歩きで70分。河童のマンションは免震のためかなんともありませんでした。その何ともなさっぷりに逆に驚いた。親などとはなんとか連絡がとれ無事を確認。
電話は当分ダウンしてましたが,ネットの強さを再確認しましたね。電話とちがって回線を占有せずデータを細切れに送るネットは,特定の会社のサーバにアクセスが集中するのは除いて回線自体が急にパンクすることはありません。
また地震直後に友人からメールや Facebook を通じてお見舞いメッセージを沢山頂き,“つながってる感” を得られて嬉しかった。
にしても,被災地の映像を見るとここは本当に日本で21世紀なのか?と今でも思います。東京圏は当初の異常事態が色んな面で通常状態に戻ってきていますが,被災された方々や避難住民の今後,街の復興,原発,地震対策の見直し,日本の食の信頼回復など多くの課題があり,相当の時間とお金がかかります。
今回の震災は物の見方を考えさせられるものでした。今まで当然のようにそこにあった日常が突如としてなくなる事があるのだと。河童の家族や友人にも状況の変化が起きていて,今ある日常は永遠ではない。だからこそ,今できることは本当に今やっておいた方がよいと改めて思うようになりました。
2011年03月06日
台北行ってきた
週末から,会社ちょっと休んで台湾は台北に行ってきました。
旅行のために事前に休暇取って休んだのは今の会社では初です。月火と2日間休むので,その分のタスクの多くを前週の金曜にやっておく必要があり,2時まで仕事して家に帰ってシャワー浴びてサクっと荷造り。こないだ宮崎行ったときは当日朝の20分でできたけど海外はさすがにちょっと時間かかりました。
そんなこんなで無事台北に到着! 去年の10月に羽田―松山空港 (台北) の直行便がスタートしたおかげで近い近い。松山空港は市内にあり台北中心部まで車で15〜20分。「こんな市中に?」 って感じに道路や建物のすぐ脇に着陸しました。これは日本では難しいでしょうねえ。ちなみに帰りのタクシーは信号もレーンも守らずメチャ飛ばす運転手だったのでホテルから10分とかかりませんでした。
台北は10年ぶり,随分変わりましたねー。拓けたってのもあるけど日本カルチャー (ファッション・食べ物・アニメ諸々) が浸透していてそこら中に日本語があります。店のメニューも結構な確率で英語に加え日本語が用意してあります。当然日本企業も多数進出していて,ここまでくると東京と変わらない感じです。
台北の友達に会うというものありますし,さらにおいしいお茶と食事を堪能するのが旅行の目的です。
着いたらまずはデザート。連れてってもらったのは有名な 「春水堂」。河童は台湾発祥のボバティー (タピオカティー) が好きでピッツバーグや日本でも飲んでましたが,このボバティーを始めたと言われているのが春水堂です。そのお味は...ウマイ...。今まで飲んだどのボバティーより旨かった。これを飲むためだけに週末台北に来てもいいくらいです。他,台湾デザートも一緒に堪能。
定番すぎますが小龍包も外せません。とりあえず超有名店に行ってみたら,番号札制で336番。その時点で200番台であと1時間半はかかると言われたので街へ散策へ。単に買物につき合わされた感もありますが,台北の風を感じて店に戻ったらなぜかちょうど336番! 台北で一番盛り上がった瞬間かも。美味な小龍包を何種類も堪能しました。
物価は日本より多少安い。モノによっても異なりますが諸々入れた生活費は相当日本より安く抑えられそうです。特にタクシー・電車は超安いのでガンガン乗れますね。食費も結構安くて済みます。
言語は,カタコトの日本語を話す店員 (結構います),日本語ペラペラな人,英語ペラペラな人 (たまにいます),カタコトの英語を話す人,中国語のみの人。思ったより英語は通じなかったので,旅行での買物はいいとしても住むのは難しいですね。当たり前か。どうせまたすぐ行くので,次はちょい言葉覚えてから行こっかな。
と,だいぶ羽をのばして楽しめましたが休暇の後って仕事のキャッチアップが大変なんですよね。月火と休んで (あえてメールは一切読みませんでした) 水曜出勤したら500通の未読メールが待ってました。萎える。
2011年01月23日
日本人が飛行機を降りるとき
アメリカでは,着陸して飛行機がゲート前に止まると,最小限の乗客が最小限の荷物を荷棚から下ろします。ドアが開いて乗客が前から降り始めて通路に少しスペースができてから残りの乗客の少しずつ荷物を下ろし始めます。
基本的に自分より前の乗客が荷物を下ろして歩き出してから各乗客は降りようとするので,後方の乗客が降りるには時間がかかり,結果 「客が飛行機を降りる」 というオペレーションは効率が悪いですね。
対し日本では,というか今回乗った飛行機では,飛行機が止まると全ての乗客が全ての荷物を荷棚から下ろしてすぐ降機できるようスタンバってました。オペレーション効率が秀でている日本の国民性が出ていますね。
ですが狭い通路で全乗客が荷物を下ろすので体や荷物が他人に当たり放題。河童の顔の横を大きなキャリーバッグがかすめていきます。河童が日本の嫌な点だと思っている “Excuse me を言わない日本人” 系ですね。
タイムイズマネーで効率性を求めるのはよいけれど,他人に不快な思いをさせてまで (それとも不快に思ってるのは河童だけなのか) 狭い日本そんなに急いでどこに行くという感じがしています...。
2011年01月16日
飲酒再開
ですが留学が終わり転職先でも一応落ち着いたので,そろそろいっかという事で最近また飲むようになりました。
お酒をやめる前は飲んでた方です。お酒に強い祖母の血をひいているのか,周りより強かったですね。知る人は知る,昔はアホみたいに飲んでました。40度焼酎一気とかね,若気の至り。
ですがさすがに10年間のブランクがあるとメチャクチャ弱くなってます。中生一杯で頭が軽くフラっときます。これは昔どんなに飲んでもなかった感覚ですねー。ま,無理するつもりは毛頭ないので楽しめる範囲で飲んでます。
宮崎出張
取引先数十社に集まってもらって製品展示やセミナーを行うイベントのために行きました。河童が担当している部門では毎年恒例になっているイベントで,前回は河童の前任が責任者として開催していたので,今回は河童がやるハメに。
前任の人が辞めてから河童は入社したので,通常の仕事はもちろん,このイベントも引継などなかったので結構大変でした。ここ数週間はかなりこれの準備に費やしていました。
イベントは東京本社と宮崎支社で行います。今回はまず宮崎,来月東京で。なんとかイベントは無事終わりましたが忙しかった〜。宮崎では当然このイベントにかかりっきりなのですが,それでもいつものタスクはふりかかってきます。
参加してくれた取引先と一次会・二次会で騒いだあと,ホテルに12時過ぎに帰ってから400通の未読メール処理をしてました。さすがに疲れた。
そんな忙しいなか,河童は宮崎でどうしてもやりたい事がありました。
それは冷汁。
皆さん,冷汁 (ひやじる) って知ってますか? 宮崎名産の郷土料理で,魚・ゴマ・味噌などから作った汁を冷やしキュウリやシソ・ミョウガなどを入れ,それを暖かい麦御飯にかけて食べるというものです。簡単に言っちゃえば味噌汁ぶっかけ御飯なんだけど。
河童は冷汁が大好物で,むかーし初めて宮崎に行った時に入った店でたまたま食べたら気に入って,東京の宮崎料理店でもよく食べました。冷汁パックなるものが売ってるので,ピッツバーグにも持っていきました。
時期的にメインは夏の料理ですが,宮崎の同僚に冷汁のおいしい店を教えてもらってそこで無事堪能。イベントに続きミッションクリアって感じですね。
久々の宮崎でしたが,驚いたのは空気がとても澄んでいる事。何回外を歩いても空気がおいしかったです。時間の流れもゆっくりしてたし,ここで長いこと生活したら東京には戻れないと思います。宮崎弁って結構イントネーションが強いんですね,かわいかった。
にしても,河童の会社の本社はアメリカなんですがさすがにピッツバーグ出張はないよなあ...。
2011年01月10日
日本の外食の素晴らしさ
河童は,今週出張で出先でかなり忙しくおそらく普段のタスクができないため,出張前にタスクの多くを片してしまおうと家でひたすら仕事をしています。あんまりはかどってないけど...。
そのためひきこもってますが食料もあまりなく作る気力もなく (1人暮らしです)。土曜の朝は軽くパン,昼は食べず夕食は軽くビールとソーセージとスナック菓子。日曜の朝はえびせんとチョコレート菓子という有様。
空腹感はないんですが,明らかに栄養不足を感じました。買物に出ただけで疲れる。日曜の夜はファミレスに行って本能が求めるままに注文したのが
・ きびなごの南蛮漬けサラダ
・ サバの塩焼き
・ 雑穀米
・ けんちん汁
ウマかったー。一人での夕飯にしてはちょっと高かったけど,こーゆー栄養価の高いものがサラっと手に入るファミレスというか日本の外食産業,流石です。
ピッツバーグは日本食レストランあるけど高いですし,しょっちゅー行くモンでもないし。でもピッツでは不思議と栄養不足を感じる事ってなかったですね,そういえば。外食,友達に作ってもらう食事,たまーに自炊,で普通に回ってました。
再び外国での暮らしをちょっとしたくなってるこの頃ですが,ひとたび外国で日本の食の素晴らしさに気付いて今戻ってきてそれを堪能してしまうと,磁石のように日本に引き寄せられます。
2011年01月09日
紅白の感想
去年のは,演歌がとても減ったなあというのが感想です。視聴者の年齢層 (年代別の割合) が変わり,演歌では視聴率が取れなくなったんでしょうか。
トリがドリカムとSMAPってのが驚きだし,最初の演歌は7組目でした。参加組数のうち演歌の割合は少し減り (10年 : 30%,09年 : 33%,08年 : 35%),また非演歌のメドレーが多かったから演歌の時間はかなり短くなってると思います。時代の変遷を感じました。
にしても,AKB48の出演っぷりが凄かった...。NHK,どんだけAKB48に依存してんだとツッコミながら見てましたが,疎い河童は彼女らは48人じゃないの?と不思議でした。センターが偉いらしいってのは分かるけど。
そういえば小林幸子と美川憲一の対決も見れなかったなあ。
紅白は,出演基準の要素が実績 (数字) 以外に色々あって曖昧でそれを嫌って出演しないミュージシャンが数多くいますが,それでも紅白はその時代を表す鏡なんだろうなと思います。
ちなみに今回の紅白後半の視聴率が41% (最高はSMAP=大トリの48.9%) でした。むかーしは80%の時代もあったらしいです。
2011年01月03日
明けました
すっかり更新しなくなってしまった河童ブログですが今年はもうちょい頻度を上げていきたいと思います,MBA中の3割位は...。
早いもので2011年になってしまいました。なぜだか去年は “2010” という数字をよく使ったので (仕事かな,MBAかな) 2011にとても違和感があります。にしても帰国して半年が経ち,新しい仕事に就いて5ヶ月が経ち,すっかり日本の生活に戻ってます (悲しいけど)。学生と社会人は相当に違うけど,また海外で暮らすのもいいなあとも少しずつ思い始めてます。
ワークライフのワークについては目標があり,そのためにしなければならない事は割と明確になっています。あとは,それをどうやって行うかですね。ライフの面は特に目標ってないんですよねえ。帰国してから全く運動できてないから体を鍛えるのとゴルフをやる事かな。
それでは本年もよろしくお願い申し上げます。
2010年12月31日
2010年を振り返る
今年は本当に色んな事がありました。
まずはMBA取得。準備期間から長い年月をかけて合格をもらい,なんとか入学したものの異次元の中でハードワークに揉まれ,色んな人達に出会い,無事卒業できました。とてつもなく濃い2年です。
3月にはそのクラスメートを連れて Japan Trek。その行程を思い返してみるとよくここまでできたなあ,と我ながら思います。これも異次元な体験でした。
そして帰国。しょっちゅう一時帰国はしてたけど本当に帰国しちゃうとピッツバーグが懐かしくて懐かしくて。もうすっかり日本の生活に戻りました。
で,就職。マーケティングという新しい分野に挑戦しましたが,とかく忙しい部署でスピードも速い。5ヶ月経ち多少は慣れて1日数百のメールに臆する事なく日々のタスクを進めています。
さて,そんな自分にとっての2010年を一文字で表すと何になるかなあ,と考えてみました。色々あるけど,結論
疲
ネガティブなワードになってしまったけど,仕事が始まってからは我ながらよく生きてるなと思える生活を送ってしまいました。「卒」 とか実行の 「実」 もあるけど深夜労働のインパクトが強すぎて (今書いてるからってのもあるけど) これにしちゃいました。
2011年はポジティブワードになるような年にしたいですね。こないだ友達に2011年の目標は?と聞かれて,何も目標を立てていない自分に気付きました。仕事では目標がありますが,人生としての目標は何も考えてなかった。皆さんはありますか?
それでは,良いお年を〜。
2010年11月28日
卒業生パーティ
留学中も何度か書きましたが,Tepper は (他のビジネススクールも同様だと思いますが) ネットワーキングを大事にします。それは卒業してからも同じで,各地区や国で卒業生が時々集まったりもしています。
日本にも Tepper 卒業生コミュニティがあり,「総会」 と称したパーティが年に一度行われています。河童達が Japan Trek を行った時は,在校生と卒業生の交流会も兼ねて総会が行われました。
なので珍しく同じ年に2回目となりますが,先日総会が行われました。卒業生の中でも “事務局” と呼ばれる中心メンバーがコミュニティ維持のため精力的に動いており,今年卒業し帰国した河童は自動的に事務局に入り,今回の総会の幹事を行う事 (ハメ) になりました。
そうすると,いつ・どこで・いくらで・どんな内容で総会を行うかを決めなければいけません。前回は Japan Trek メンバーとの交流を兼ねているので出し物というかコンテンツは決めやすかったんですが,今回は素の総会です。
正直,仕事がかなり忙しかったので帰宅してから午前2時過ぎに考えてメールして...の作業はきつかったですが,事務局のとても活発的な方の協力あってなんとか開催。
店は広尾の NARUKAMI。グループ貸切という事でかなり安くしてくれました。立食ですが豪華なフレンチ+飲み放題であの値段は安かったなー。
お世話になっている藤森さん (GE Japan CEO,Tepper1981年卒) の乾杯音頭から始まり,日本のビジネススクールで教鞭をとっている教授のプレゼンや,参加者の中で一番の先輩から締めのメッセージを頂いたり。
ちなみにプレゼンに必要なプロジェクタは,河童が勤めている会社の製品を持って行きました。マーケティング部で本当に河童が担当している製品なので,ここぞとばかりに宣伝してきました。珍しい特徴をもった製品なのでかなり関心をひいてました。
まあ総会は無事には終わりましたが,正直,幹事としての満足度は50%位です。準備に割いた時間が少なすぎて当たり障りのない中味になってしまいました。次回の総会も河童が幹事やるかどうかは分からないけど,もしやるならもうちょい凝ったものにしたいですね。
2010年11月10日
プロ野球を思う
河童は元々巨人ファンでした,両親がそうなので河童もいつのまにか。野茂投手がメジャーに渡るとメジャーを観るようになり次第に日本のプロ野球は観なくなっていました。
メジャーの球場を初めて訪れたのは約10年前ですが,芝生の綺麗さと席からグラウンドへの近さに感動し,ラッパなどの鳴り物なしで観客が自然に盛り上がる雰囲気に驚きました。打球音やボールがミットにおさまる音も楽しめますし,いいプレーには敵味方関係なく拍手が送られます。
さて,こないだTVのチャンネルを回すと日本シリーズをやってたので少し見ていました。
1分見た後の感想 : うるせえ...
鳴り物と,観客の叫び (歌?) 声がひたすらこだましています。あの応援団って観客が一緒に応援できるようリードしてくれるし常に一定の席を買ってくれるから球団にとってはいいんだろうけど,見てる方からすれば個人的にはうるさいです...。
鳴り物を鳴らしたり大勢の客が歌うのはせめて打者交代とかチェンジの時だけにして欲しいです。ピッチャーがバッターに向かってボールを投げる一球一球にはそれまでとその最中の色んな要素が詰め込まれています。その瞬間を静かに落ち着いて見たいと思うのは河童だけでしょうか?
それにあんなにうるさかったら打球音とか全く聞こえないですしね。野球の色んな楽しい面が台無しになり,結果,野球が “軽く” 映ってしまっている気がします。
あと,クライマックスシリーズもどうなのよ?と思います。6球団のうち3位のチームが日本シリーズに進出できるシステムなんておかしい! メジャーでは14〜16球団からワールドシーズに進出するチームを選ぶためにプレーオフを行いますが,シーズン中対戦ができるチームが地理的に限られるためそうするのであって,日本では事情が異なります。
球団単独で黒字を確保できているのが僅かしかいない現実もあり,興行成績の良いクライマックスシリーズは球団と親会社にとっては魅力的なのでしょうが,スポーツの主旨としてそれで良いのか,へたしたら選手にも悪い影響が及ぶのでは?と考えているこの頃です。
2010年11月07日
海外で暮らす事の危険性
河童達が Japan Trek を行った際その方が勤めている会社への企業訪問実現に尽力してもらい,またTepper入学を目指されていて何度もピッツバーグのキャンパスを訪れてくれました。最終的にはシンガポールの大学を選びMBAが始まった矢先の不幸です。
ニュースで報道されているだけの断片的な情報ですが,事件に巻き込まれた可能性が高いとの事です。肋骨が折れ顔に打撲痕がある状態で路上に倒れているところを発見され,同日に搬送先病院で亡くなりました。現地の男性が殺人容疑で逮捕されましたが詳細は明らかにされていません。
河童が2年前MBAをスタートした時,仕事を辞めた不安と,これからの2年間でどんな事を学び体験できるだろうという期待で一杯でした。チャレンジ精神をもって普段の生活と異なる世界に飛び込んだ若者が,志半ばで亡くなってしまった...どれだけ悔しくて残忍な事か正直想像もできません。
個人的にシンガポールに危険なイメージは持っていませんが,やっぱ海外なんですよね。河童はピッツで常に携帯スタンガンとアラームを持ち歩いていて友達には不思議がられましたが,日本を一歩出たらそこは海外です。
色んな人達に支えられて無事合格し,行きたいのに色々な事情でMBAに行けない人達の事を考えると河童は幸せ者だと思っていましたが,危険な目に遭わずに無事に帰ってこれたのもとても幸せなんだな,と改めて痛感します。
心よりご冥福をお祈り致します。
2010年10月31日
仕事が始まって3ヶ月
やばい,ここんとこブログ更新が月に1回になってる。もうちょっと頑張ればもう少しは書けるはずなので頑張ります。ブログのタイトルも更新しようか...。
さて,今の会社に入社して3ヶ月が経ちました。なんとかクビにならずに試用期間が終わったのでこれて晴れて正社員。
業務のスピードが速く,させてもらえる仕事も多く (その分責任も重い),わけもわからず進んできましたが,なんとか最初の3ヶ月を乗り切りました。なんか1年分位働いた気がします。これは中途入社社員の多くが言っているらしいです。
最初の3ヶ月は慣れるための時期でパフォーマンスを出せるのはそれからだと自分では思っていたし周りもそういう認識でいてくれています。で,当然次の3ヶ月ではそれなりの結果を既に求められています。
今の役職で果たすべき仕事はとりあえず一通りこなして,自分が何をしなくてはならないかは何となく分かった気がします。ただ慣れるのは (まだ慣れたわけではないけど) 結構大変でした。
プロセスやポイントも分からぬまま進んでいたので優先度付けもうまくできないままふりかかった仕事は全て請け負い,結果残業時間が殺人級となってしまいました。家は近いのでタクシーですぐ帰れますが,タクシーが友人なのは良くない。意外と体は丈夫だなーと再認識してしまいました。
ただこんな状態では持ってせいぜい半年。業務効率を上げないと仕事の質も落ちるし,体壊して色んな人に迷惑をかける事になります。同じ部署にとても仕事のできる人がいるんですが,その人の帰りは早い。仕事のやり方を見ていると学ぶべき点は多いですね。
入社時,日々の業務に忙殺されて目の前の数字ばかりに目がいってしまってマーケットを見失わないよう気をつけようと思っていましたが,気がつけば自分がその状態になっていました。
こないだ上司に来期計画のプレゼンをしたのですが,その際に指摘された事は今の自分の発想に抜けていた点で,でも留学前やMBA中なら当然考えていた事でした。つまり,激務のためなのか視野が狭くなっていたんです。
これまで色々プレゼン資料作りをしていましたが,あまりにも時間がなく自分で満足のいくものになったなー,と思った事は一度もありません。資料の見た目ではなく中味の準備がです。
色んな人にプレゼンしてるので相手によってはそれで十分な時もあるけど,直属の上司が一番論理的かつ明快に突っ込んでくるのでボロが出る。いけないですねー,大いに改善しないと。
ただ1四半期でやるべき事は分かったつもりなので,ちょっとはマシになるはず,と願いつつ。この3ヶ月はプライベートをほぼ殺して働いてたのでワークライフバランスのライフもこれから上げていきます!
2010年09月26日
仕事が始まって2ヶ月
ネタがないといえばなかったけど,それよりもブログを書く時間や余裕がありませんでした...。
仕事が始まって2ヶ月が経ちましたが,ようやくちょっとは慣れてきたかな。ここんとこ自分のリソースの90%以上を仕事に費やしていました。ワークライフバランスは全く取れてないけど新人が仕事を覚えるまではしょうがないです。
入社してすぐ同僚にうちの部署は相当忙しくなるよーと言われてましたが,周りを見る限り大した事はありません,河童のこれまでの経験と比べれば。でも河童と一部の人はとても忙しかったですね。残り組は大抵決まってます。
まあ,慣れていない河童は毎日スコールのようなタスクが発生しては優先度付けや上手にさばくコツが分かっておらず,連日25時退社のような状況でした。それでも,通勤地獄がいやだからと家を近場にしたので夜のタクシーなら20分強で帰れるのでその点だけはとても楽です。
河童の仕事はマーケティングで,製品をいかに売っていかに儲けるかの戦略立てと毎週のプロモーションを実行します。ウェブはもちろん新聞などにも広告を結構出していて,河童の考えた文言が載ってると嬉しいですね,これまでとは全く違う分野なので。
ちなみにマーケティング雑誌がうちのチームの取材にやってきてくれて,本部長始め何人か写真を撮ったのですがなぜか河童も集合写真に入れてもらえる事になりました (当時入社1週間位なのに)。その雑誌に本当に写ってたのは笑った。
世の中には広告が溢れていますが,広告主はどういう観点でこの広告を出したのか,主たるメッセージは何か,またこういったメッセージングは参考になるなあとか,よくこんなタイムリーにこの広告枠をゲットできたなあ,など考えるようになりました。
河童はマーケティング部署に所属していますが,仕事は営業部署と一緒に行っています。オンライン販売を除き製品を最前線で売っているのは営業だからです。直属の上司より営業本部長との方が遙かに一緒に仕事をしていますねー。
他,購入部門もそうですしアジア統括本部など色々な所と密接に関わっているため,いかに全体がまとまるようにやっていくかはとても重要になります。でも各ファンクションはやはり自部門の利益を最大化しようとするので,一歩ひいた目で全体俯瞰をもって最適解 (というか現実的には落とし処かな) を見つけてなおかつ合意できるか。
なーんて偉そうに言っていますがまだ自分の目の前のタスクをこなすのが精一杯で,他ファンクションとのコミュニケーションは河童が思い描いているほどのレベルまで取れていないのが実際です。長期的な視点と短期的な視点が求められているのですが,前者はまだまだ。
まあ,言い訳だけど経験のない未知の分野だし一通りの仕事を経験して慣れて付加価値を多少なりとも出せるようになるには1四半期かかると思っています。丁度1サイクルすれば大分勝手も分かってくるかな,と。
入社後も社内の色んな人と話し合いをして,期待値がとても高くそこに到達するためには沢山の壁を越えなければならない事は分かっています。焦ってもしょうがないので少しずつ,少しずつ。
ちなみにマーケティング部署は英語が必須で,こればっかりはMBA経験がすぐに役立ってるかな。いい仕事をしても英語プレゼンのクォリティが悪かったり英語でのコミュニケーションが取れないと出世できないのが現実になっています。それもどうかと思うんだけど。
てゆーかネイティブの英語はいいんですが,妙にクセのある英語を話すアジア人との電話会議は結構辛い。会議部屋を取ってる状態ならまだしも自分の机でヘッドセットでやる場合も多いので,周りの雑音や,近くの人も同じ電話会議に入ってると生声とヘッドセットから聞こえてくる声に時差があって大変。これは意外に盲点でした。
2010年08月23日
So busy!!
長期的な戦略を立てるのと短期的なルーチンワーク両方を行うのが仕事で,とりあえずは後者を円滑に回せるよう日々色んなタスクを覚えています。
ただ,とにかく作業量が多くて忙しい...。作業スケジュールは立てていますが毎日色んなところから新たなタスクや処理しなければならない事が降ってきて,自分の作業に集中できるのが結局皆が帰ってからになります。
まだ要領をつかんでないのと新しい事ばかりで優先度付けが難しいのが主な理由ですが,まだ繁忙期ではないので周りは割と早く帰ってますが河童だけいつも遅いですね。まあ,newcomer なので慣れるまで仕方ないです。
人が少なくて自分の作業で精一杯だからか,新しい人へのサポート体制は組織として不十分な感があります,自分で学べ的な。前職ではスキトラ (Skill Transfer) という言葉があったほど時間を割いて教える文化がありましたが,今の会社 (少なくとも部署) ではちょっと希薄です。
1から10まで全部教えるのは意味がないけど,新任者が早く効率的に動けるよう組織として準備しておいた方が良いのは明らかなので,次来る人のために何かしくみを作っておきたいと思っています。
ある程度ルーチンワークを滞りなく回せるようになって視野を広げられるようになったら,次はMBAで学んだ事をどのように活かせられるか・活かすべきかを考えます。
2010年08月11日
早口化
新しい職場ではとにかくビジネスのスピードが早く,タスクやメールの量が甚大です。その結果なのか,早口な人が多いです。
河童はアメリカで英語を話す時もそうだったんですが,相手の喋るスピードに合わせて話す傾向にあります。今の職場では日本語でも英語でも早口な人が多いので自然と河童も段々早口になってきました。
職場外で友達と話すとその事実に気がつきます。F2Fでも電話でも早口になっているので意識してゆっくり喋るよう心がけています。友達と話す時はリラックスしてスローに喋りたいですからねえ。

